年末のデートをいくつか入れた日、ひとりでいる感覚だけが残った

Solo Emotion|孤独と感情

今日は、年末のデートの予定を組んでいた。
気づけば、五人分くらいの名前が頭の中に浮かんでいた。誰か一人と深く、というより、空白を埋めるように、予定という形を並べていった感じに近い。

年末という言葉には、独特の圧力がある。
街が静かにせわしなくなり、人は理由を欲しがる。誰と過ごすのか、何をして一年を終えるのか。問いというより、確認作業のように、それは毎年やってくる。

デートの予定を立てながら、少しだけ冷静な自分がいた。
本当に会いたいのは誰なのか。
それとも、「誰かと会っている自分」を確認したいだけなのか。

五人という数字は、にぎやかに見えるけれど、実際には分散だ。
一人に向ける覚悟を薄めるための数。期待しすぎないための保険。そういう心理が、自分の中に確かにあった。

夜、外に出ると、空気はもう完全に冬だった。
息が白くなるほどではないが、肺の奥が少しだけ冷える。濡れた舗道が街灯を反射して、どこか映画のワンシーンみたいに見えた。誰もいない道なのに、不思議と孤独はなかった。

孤独は、人がいないことじゃない。
比較が始まった瞬間に、静かに生まれる。

誰かは恋人と過ごすだろうし、誰かは家族のもとへ帰る。SNSを開けば、その断片が勝手に流れ込んでくる。見なければいいのに、指は無意識に動く。

それでも、予定を立てた自分を否定する気はない。
誰かに会いたいと思うことも、誰かと時間を共有したいと願うことも、弱さではない。ただの人間らしさだ。

ただ、ひとつだけ意識した。
「埋めるための予定」になっていないか。
自分の時間を、誰かの存在で誤魔化していないか。

年末は、区切りのようでいて、実際には何も終わらない。
人生は静かに続き、時間は淡々と積み重なる。大切なのは、誰と過ごしたかよりも、その時間に自分が何を感じ、何を考えたかだと思う。

五人の予定は、まだ確定じゃない。
減るかもしれないし、ゼロになるかもしれない。でも、それでいい気がしている。

誰にも会わない夜があってもいい。
誰かと過ごす夜があってもいい。
そのどちらも選べる状態であることが、今の自分には一番大事だった。

年末の街は、静かで、少しだけ優しい。
予定よりも、その空気をちゃんと覚えておきたいと思った。

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