2025年の年末。
都内で生活しながら、ふと口座を確認して、少しだけ画面を見つめた。
貯金が、一桁になっていた。
驚きはなかった。
予兆はずっとあったし、計算もしていた。
それでも実際に数字として見ると、
「ここまで来たか」と、静かに実感する。
焦り、というよりは現実感に近い。
終わった感じではない。
でも、余裕は確実に消えた。
都内で暮らすというのは、
何もしなくてもお金が減っていく。
家賃、交通費、食事。
贅沢をしていなくても、
「生きているだけで減る」感覚は、はっきりある。
それでも、この一年を振り返ってみると、
無駄だったとは思わなかった。
サイトを作った。
文章を書いた。
うまくいかない時間も、確かに積み上げてきた。
貯金が減った代わりに、
経験とデータと、自分の癖は増えた。
それがすぐに金になるかどうかは分からない。
でも、何も残っていないわけじゃない。
一桁という数字は、
「ここから先は誤魔化せない」という合図でもある。
なんとなく続けることはできない。
ちゃんと、現実と向き合わないといけない段階。
不思議と、絶望はなかった。
怖さはある。
でも、投げ出したい感じではない。
むしろ、余計な選択肢が削ぎ落とされたような感覚に近い。
今日は特別な行動はしなかった。
派手な決意も立てていない。
ただ、「もう戻れないところまで来た」という事実を、
そのまま受け取っただけだ。
ソロログとして残しておきたかったのは、
この静かな地点だ。
派手に失敗したわけでも、
劇的に成功したわけでもない。
ただ、
2025年末、都内で貯金が一桁になった。
それだけ。
でも、この一文を
あとから「起点」として読み返せる日が来るなら、
今日の記録は、きっと意味を持つ。
今日はここまで。
逃げずに書けたので、それでいい。


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