貯金が1万円になった夜、都内ひとり暮らしで感じた正直な動揺

Solo Emotion|孤独と感情

都内で、ひとり暮らしをしている。
貯金が1万円になった。その数字を見た瞬間、頭の奥がざわつき、胸の内側が急に冷えた。呼吸が浅くなり、思考がうまくまとまらない。「やばい」という言葉だけが、何度も頭の中を回る。この反応は、弱さではない。生き延びようとする本能が、正しく危険信号を出しているだけだ。


お金は「安心」を数値化したもの

ひとり暮らしにとって、お金は単なる通貨じゃない。安心を数値にしたものだ。
頼れる人が近くにいない前提で生きていると、貯金額が減った瞬間に、世界の安定感が一気に崩れる。視界が狭くなり、未来の選択肢が消えたような感覚に陥る。でも実際に消えたのは未来そのものではない。「時間の余裕」が削られただけだ。


最悪の物語を作り出す心

貯金1万円という数字は、「終わり」を意味しない。ただ、猶予が短くなったという現実を突きつけてくるだけだ。それなのに心は勝手に最悪の物語を作り始める。
住めなくなるかもしれない。すべてが詰むかもしれない。今までの選択が全部間違っていたのかもしれない。まだ起きていない出来事を並べて、自分を追い詰めてしまう。


いま考えるべきは「人生」じゃない

こういうときに一番やってはいけないのは、人生全体を考えようとすることだ。将来設計や理想の姿を描こうとすると、不安はさらに膨らむ。
いま必要なのは「うまく生きること」ではない。「生き延びること」だ。今日を乗り切り、食べて、眠って、明日を迎える。それだけに集中する。視点を極端に近づけることが、心を守る。


不安な状態で決断しない

不安が強い状態では、人は判断を誤りやすい。焦って大きな決断をしたくなるし、極端な選択に飛びつきがちになる。でも、こういう精神状態で下した決断は、後から振り返ると大抵後悔する。
だから今日は何も決めなくていい。今日はただ、身体と生活を守る日にすればいい。


ソロログ的に見ると「一時停止」

ソロログ的に整理すると、これは「崩壊」ではない。「一時停止」だ。
経済的に余裕がなくなると、自分の価値まで下がったように錯覚してしまう。でも価値は減っていない。ただ使えるリソースが一時的に減っているだけだ。回復可能な状態であり、修復不能ではない。


ひとりで耐えているという事実

ひとりで生きていると、誰にも見せずに耐えてしまう。でも、耐えているという事実そのものが、もう十分すぎるほどの証拠だ。
ここから先は、少しずつでいい。まず足場を作り、呼吸を整え、その上でまた静かに積み直せばいい。


これは途中の一コマ

いまは不安でいい。動揺していていい。ただ、自分を否定する方向にだけは進まないようにしたい。これは人生の終わりではなく、途中の一コマだ。
ソロログは、ここで終わらない。

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