人と会わない日が、気づけば何日も続いている。
仕事以外で誰とも話さず、連絡もなく、一日が静かに終わる。
そんな生活を続けていると、「これって普通なのだろうか?」と不安になることがある。
私は意識的に、そして無意識的に、誰とも会わない日が続く生活を経験してきた。
そこで感じた変化を、感情だけでなく、少し客観的に振り返ってみたい。
これは「孤独を肯定する記事」でも「否定する記事」でもない。
ただ、実際に起きた変化をそのまま書く。
① 思考が内側に向かい続ける
人と会わないと、会話による「外部からの刺激」がなくなる。
すると、頭の中は自然と自分の考えだけで回り始める。
小さな出来事を何度も反芻したり、過去の選択を掘り返したりする時間が増えた。
良く言えば内省が深まる。
悪く言えば、思考が堂々巡りになりやすい。
② 時間の感覚が曖昧になる
誰とも会わない日は、予定という区切りが少ない。
その結果、一日が長くも短くも感じる不思議な状態になる。
時計は進んでいるのに、出来事の密度が低いため、
「今日は何をしていたのだろう」と思うことが増えた。
③ 感情の振れ幅が小さくなる
強い喜びも、強い怒りも起きにくくなる。
誰かと関わることで生まれる感情の起伏が減るからだ。
感情が安定したように見える一方で、
淡々としすぎている自分に気づく瞬間もあった。
④ 自分のペースが極端に守られる
誰にも合わせなくていい生活は、想像以上に楽だった。
起きる時間、食べる時間、考える時間、すべてが自分基準になる。
ただし同時に、
他人に合わせる体力が落ちていく感覚もあった。
⑤ 他人への関心が薄れる
会話がない日々が続くと、
他人の近況や出来事に対する関心が少しずつ下がっていく。
悪意ではない。
単純に、自分の世界だけで完結してしまうからだ。
⑥ 「一人が普通」になっていく
最初は違和感があった孤独も、数日、数週間と続くうちに、
「この状態が通常」という感覚に変わっていく。
一人でいることが特別ではなくなり、
人と会うことの方がエネルギーを使う行為に感じ始めた。
⑦ 不安と安心が同時に存在する
誰とも会わない生活には、安心感がある。
同時に、このままでいいのかという不安も消えない。
この二つは矛盾せず、同時に存在する。
それが一番リアルな感覚だった。
誰とも会わない日が続くことは「異常」ではない
誰とも会わない日が続くと、人は変わる。
ただし、それは壊れるという意味ではない。
多くは、
環境に適応した結果の変化だ。
大切なのは、
「孤独=悪」と決めつけないこと。
そして、変化に気づけているかどうかだと思う。
もし今、誰とも会わない日が続いているなら、
それは何かが壊れているサインではなく、
自分の状態を見直すタイミングなのかもしれない。


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