気づけば、誰にも会わない日が増えていた。
予定を入れなかったわけでも、断ったわけでもない。ただ、自然とそうなった。
以前の自分なら、少し不安になっていたと思う。
「このままでいいのか」「何か逃しているんじゃないか」
そんな声が、どこかから聞こえてくる気がしていた。
でも、その日は違った。
朝から夜まで、誰とも話さずに過ごした。
スマホの通知もほとんど鳴らない。
外は静かで、部屋の中には自分の呼吸の音だけがあった。
不思議と、寂しさはなかった。
代わりに、思考がゆっくりと戻ってきた。
人と会っているとき、自分はいつも少し調整している。
言葉のトーン、表情、相手に合わせたリアクション。
それは社会では必要なことだけれど、同時に、自分の輪郭を薄くしていく。
ひとりでいる時間には、それがない。
誰かにどう見られるかを考えなくていい。
正解も、評価も、必要ない。
ただ「今どう感じているか」だけが残る。
群れの中にいると、人は安心する。
でも同時に、比較も始まる。
誰が先に進んでいるか、誰が選ばれているか。
その基準は、いつの間にか自分の外側に置かれてしまう。
ひとりでいる時間は、その比較から一度離れるための場所だ。
孤独というより、回復に近い。
何かを成し遂げたわけでもない。
大きな答えが出たわけでもない。
それでも、その日は確かに「戻ってきた」という感覚があった。
ひとりでいることは、逃げではない。
むしろ、選択だと思うようになった。
誰かといないと価値がない、という考え方は、どこから来たのだろう。
にぎやかであることが正しくて、静かな時間は不足だと、いつから信じていたのだろう。
ひとりの時間は、何かが欠けている状態ではない。
余計なものが剥がれていく状態だ。
誰にも会わない日が、すべていいわけじゃない。
人と関わることが悪いわけでもない。
ただ、ひとりでいる時間を「失敗」と呼ばなくなっただけで、世界の見え方は少し変わった。
その日、夜になっても、無理に誰かに連絡しようとは思わなかった。
静かなまま一日が終わることを、初めて肯定できた気がする。
ひとりの時間が、
いちばん正直な自分を連れてくることがある。


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