同じ人から『真面目だね、5回』と言われた理由とその意味

Solo Emotion|孤独と感情

「真面目だね」。
その言葉を、同じ人から5回言われた。
一度なら社交辞令かもしれないし、二度なら印象的だった、で終わる。
でも五度目になると、さすがに少し考える。

最初は、褒め言葉として受け取っていいのか迷った。
真面目、という言葉には、良い意味もあれば、少し距離を取る意味もある。
面白いとか、楽しいとか、そういう軽やかな評価とは違う。
どちらかというと、姿勢や態度に向けられた言葉だ。

会話を振り返ってみると、特別なことをした覚えはない。
大きな話題を振ったわけでも、場を盛り上げたわけでもない。
ただ、相手の話を聞いて、自分の考えをそのまま言葉にしていただけだ。

それでも「真面目だね」と何度も言われたということは、
たぶん、内容よりも向き合い方を見られていたのだと思う。
話を雑に扱わないこと。
軽く流さないこと。
曖昧なままにしないこと。

年齢を重ねると、人は言葉より態度を見るようになる。
どんな冗談を言うかより、
どう聞くか、どう受け止めるか。
その積み重ねが、「真面目」という一言に集約される。

正直なところ、少し照れくささもあった。
自分では、真面目でいようとしている意識はあまりない。
ただ、適当に振る舞うのが得意ではないだけだ。
分かったふりをしたり、軽く約束したりするほうが、
あとで自分が疲れる。

「真面目だね」と言われるたびに、
それでいいのか、と自分に問い返していた。
もっと軽くしたほうがいいのか。
もっと距離を縮めたほうがいいのか。
でも、その必要はない気もした。

その言葉が繰り返された背景には、
安心感を確かめたい気持ちがあったのかもしれない。
この人は大丈夫か。
雑に扱われないか。
ちゃんと向き合ってくれるか。

そう考えると、「真面目だね」は評価というより、確認だったようにも思える。
そして、確認が重ねられたということは、
少なくとも否定ではなかった。

軽さが求められる場面もある。
でも、すべての時間が軽くある必要はない。
静かに話して、静かに共感して、
それだけで成立する関係もある。

今日は、「真面目だね」と言われたことを、
そのまま受け取っておこうと思う。
無理に意味づけをせず、
悪くなかった一日の感触として。

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