クリスマスという言葉には、不思議な圧がある。
街に出れば、誰かと一緒にいる前提の音楽と光が流れていて、
一人でいることが、少しだけ遅れているような気分にさせられる。
そんな夜に聞いた話だった。
女子アナでも、今年のクリスマスは久しぶりにプールへ行き、
結局ひとりで泳いでいたという。
少し意外で、でも妙に納得した。
画面の向こうでは、いつも整った言葉と笑顔を届けている人でも、
日常に戻れば、予定が空白の夜はある。
誰かに選ばれなかったわけでも、何かを失ったわけでもなく、
ただ、そういう巡り合わせの時間が来ただけなのだ。
久しぶりのプール。
水に入る瞬間の冷たさと、すぐに慣れていく感覚。
余計な音が消えて、呼吸と水音だけが残る。
そこには、他人の目も、比較も、評価もない。
クリスマスに一人でいることは、
思っているほど「特別な出来事」ではないのかもしれない。
ただ、自分の生活のリズムが、たまたまその日に重なっただけ。
そう思えたのは、その話が少しだけ現実的だったからだ。
寂しさを煽るでもなく、強がるでもなく、
「久しぶりだったから、ちょうどよかった」と笑っていた。
孤独は、負けではない。
誰かと一緒にいない時間があるからこそ、
自分の輪郭がはっきりする夜もある。
今日のソロログは、
「一人でいることを、過剰に意味づけしなくていい」
そんな確認のような一日だった。
明日になれば、またそれぞれの場所へ戻る。
画面の中の人も、画面の外の自分も。
それでいい。


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